夏の甲子園が中止!過去にも2度あった?

日本高野連は20日、第102回全国高校野球選手権大会の中止を決定しました。

初の春の甲子園中止に引き続き、夏の甲子園も中止になりました。

夏の甲子園は過去にも中止されたことがあったらしいです。

今回は、夏の甲子園が中止!過去にも2度あった?についてまとめていきたいと思います。

 

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夏の甲子園が中止!

日本高等学校野球連盟(日本高野連)は20日、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、オンラインで第102回全国選手権大会の運営委員会と理事会を開催し、8月10日から予定されていた夏の甲子園大会の中止を決めました。

夏の甲子園が中止されるのは戦後、初めてとなります。

春の第92回センバツ大会も中止となっており、第2次大戦の中断を除き、史上初めて春夏ともに甲子園大会が開催されない事態となりました。

 

夏の甲子園の中止の理由とは?

甲子園を中止した理由は以下の通りです。

・全国各地でおよそ3800校が参加し、1か月後の6月下旬から8月初めにわたり、およそ250の球場を使って行われる地方大会の感染リスクを完全になくすことはきない。

・休校や部活動の休止が、長期に及んでいて、練習が十分でない選手のけがなどの増加が予想される。

・授業時間の確保のために夏休みを短縮し、登校日や授業日を増やす動きがある中、地方大会の開催は学業の支障になりかねない。

・運営を担う役員や審判員を十分確保できず、治療や感染予防などに当たっている医療スタッフに対して、球場への常駐をお願いできないことが予想される。

・公的施設の使用制限で、使用できる球場が限られる可能性があるとしています。

いずれにしても、選手や関係者の移動や宿泊での感染リスクに加えて、代表校を決める地方大会の日程の確保が難しかったという背景がああったそうです。

 

夏の甲子園中止は過去にも2度あった?

夏の甲子園は過去に2度中止した時がありました。

まず1度目が1918年(大7)第4回大会です。

富山県で起きた米価急騰に抗議する暴動(米騒動)が全国へ広まり、8月16日に中止が決定しました。

同9日に全国14代表が出そろい、慶応普通部(東京)など代表校は大阪入り。

13日には組み合わせ抽選が行われた、一時は大会延期とされたが、事態は好転せず中止になった。

2度目は41年(昭16)第27回大会です。

戦局が深刻化し、文部省次官通達でスポーツの全国的な催しが中止されました。

地方大会は6月14日の鹿児島大会から始まったが、一部の県は10月に開催したり途中で打ち切った。

42年から45年までは4年間中断しています。

なお、42年には文部省と外郭団体の大日本学徒体育振興会が主催し、正式な大会記録とせず16代表で争いました。

 

夏の甲子園が中止!過去にも2度あった? まとめ

新型コロナウイルスの影響で春に続き、夏の甲子園も中止となりました。

過去2度の中止も戦前にあったことがわかりました。

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